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渋谷でゴミ袋を破り残飯を漁っているホームレスのおじさんに1000円寄付してきた話


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先日、新宿東口を自転車で通っていた時のこと。
ホームレスのおじさんが残飯を漁っているのを見つけてしまいました。

 

 

微力ながら1000円を寄付しました

方や、食事後でお腹いっぱいな20代社会人。
方や、数百円が払えずごみ袋を破り食べられそうな残り物を漁るホームレス。

残酷なコントラストであり、見ているだけでぼくの心は痛みました。

 

少し通り過ぎたところで財布から1000円札を出し、戻ってきておじさんに渡しました。すると、驚いた表情で、「宜しいんですか?」と。
何か温かいものでも食べてくださいとお伝えし、その場を去りました。 

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おじさんが残飯を漁っていた現場。200円が払えず、まだ温かい残飯を探す毎日。 見ているだけで心が痛む。
 

日本のホームレスの現状 

海外と違い、日本のホームレスは自分から寄付や喜捨を求めてくることはありません。一方、海外ではホームレスは乞食、物乞いと同一です。

炊き出しなどの社会システムが日本のホームレスを物乞いから遠ざけているのかもしれませんが、それだけに現金収入を得るのは大変なはず。

このおじさんがどのような経緯を経てホームレスになったのかはわかりませんが、1000円札を渡した時の返答から、きちんとした人だということは間違いありません。

犯罪を繰り返して身を落としたのではなく、不運や障害、社会に適合できない性格などが原因のように思えました。

 

ホームレスに寄付をすること

新宿・渋谷のような大都市において、ゴミ箱やゴミ袋を破って中身を漁っている映像と周囲とのコントラストの差があまりにショッキングなため、そのよう場に出くわした場合はできるだけ1000円を寄付することにしています。

しかし、中には1000円札を渡した途端無言で奪い取るようにポケットにしまい、何も言わない人もいます。

そういう人は、やはり因果応報の結果と思わざるを得ず、こちらの気分も良いものではないですが、それは事前にわかるものではなく受け入れざるを得ません。

とはいえ、そのような人は少数派。ほとんどの人はきちんと会話し、喜んでくださります。

 

ぼくは普段あまり寄付をしませんが、それは日本赤十字など中間業者が激しく搾取している事実があることや、そもそも使途が不明なのが理由です。(借金が600万円あることは棚に上げておきます笑)

311の寄付金を全く関係のないことに使用した寄付団体もありましたし、そもそもそこに人が介在する以上、中抜きや人件費などの問題は避けられません。

ですので、ぼくは自分の意思で助けたい人に全額渡すことのできる直接寄付をしています。

助けたい人がどのような人であるかは人それぞれですが、ぼくはホームレスの多い大都市新宿に住み、ホームレスの多い渋谷に行く機会も少なくないため、日常的に目にする悲劇として、ホームレスには何か手助けをしたいという気持ちがあります。

この冬には、お金だけでなく着なくなったコートや使わなくなったカセットコンロをボンベ付きでホームレスの方々にプレゼントしましたし、食べ物やカイロも差し入れしました。


ノブレス・オブリージュという考え方

この行動は特別な意図があったり何かを考えてやっているわけでなく、そうしたいと自然に思いやっていることです。

自然に思うこの心を現代ではおそらく「ノブレス・オブリージュ※」 と呼ぶのでしょうが、日本ではあまり良い意味に捉えられていない気がします。(※フランス語で「高貴さは義務を強制する」を意味し、一般的に財力、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。)

実際に、炊き出しなどではないホームレスへの個人的な寄付に対し、ネット上では「思い上がりだろ」「人を下に見るな」「バカにしてるだろ」「ナメやがって」、このような意見を目にしたことがあります。

その行動には自分自身をノーブル側であると認識しているという前提があるので、その自己認識に対しカチンと来る人も世の中にはいるのでしょう。

しかし、ぼくは同年代の世界及び世界平均と比べると非常に恵まれていることを事実として知っています。アフリカ大陸をエジプトから南アフリカまで縦断してみれば、そんなことには誰でも気がつきます。

そのように生まれたこと、そのように育てられたことは運が良かったからに過ぎません。大人になってからは自分の意思で自分の人生を自由にできますが、生まれてから15歳程度までの間は生まれた環境や家庭に依存せざるを得ず、その影響はあまりにも甚大です。

知っていましたか?受刑者の3割弱が知的障害者という事実 

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2004年度の新受刑者のうち約割弱が「知能指数69以下」もしくは「測定不能」の知的障害者であることはご存知でしょうか。(参考:障害者が何故犯罪者になってしまうのか

同じく、今回ゴミ袋を破って食べ物を漁っていたホームレスのおじさんも、生来の知能に問題があるため、現代の先進国社会では生き辛い人なのかもしれません。

フィジーあたりに行けば、暖かい気候に加え、そのあたりに熟したマンゴーの実が転がっており飢え死にする心配も凍え死にする心配もありませんが、通貨が大きな意味を持つ資本主義の先進国社会ではそうもいきません。

そのような事実を認識すれば、知能障害を持たずに生まれてきたという事実に感謝し、またそれはただ幸運だったからに過ぎないということに気付きます。

たまたま運悪く何らかの障害を持って生まれてきた方々はパラレルワールドにおけるぼくの別の姿だった可能性もあります。

もっとも、いつもそんなややこしいことを考えているわけではなく、もともとそういう考え方が意識の何処かにあるため、冒頭のおじさんのような人を見た時に直接寄付という行動が生まれます。


Force for Goodという考え方

良いことをするのに理由はいりませんし、恥ずかしがる必要もありません。

善意を与える対象は、何でもいいんです。両親、配偶者、子ども、恋人、恩人、同僚、友人・・・。恵まれない人に限るというルールもありません。

無償の善意を人に与え続けること。ひいてはこれが自分のアイデンティティ、自信となり、さらにより良い自分に変わっていくことができるはずです。

善意の輪で自分を変え、人を変える。また、その連鎖を起こしていく。これこそがForce for Goodの精神であり、世界をより良いものに変える善意の力です。

 

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偶然遭遇した悲劇的光景。もしぼくの行動であのおじさんの一日が少しでも良いものになったのなら、それはぼくにとっても大きな幸せ。